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オンライン飲み会

前職でお世話になっていた人とweb飲み会をやりました。楽しかった。そのうち一人の人はいま単身赴任で一人で地方都市に住んでいます。で、曰く「もともとオンライン飲み会なんてなあ。。。」と思ってたけど、考えてみたら家で一人で飲むよりも話し相手が増えるのでよっぽど良いと思い至ったそうです。 なるほど。ものの考え方って健全な向きがあるんだよなあ、と改めて思いました。ほんとに気持ちの持ちようで幸せに感じたり不幸に感じたりいくらでもできちゃう。

なんだかソワソワするわけ

 会社では誰が頼りになりそうか、とか、誰が何に詳しいか、とか、そういう情報はやはり重要です。いざという時に助かる。それを皆さん理解してなのかわかりませんが、少なくとも私の上司は「この人はこう」とか「ここがダメ」とかよくおっしゃいます。というのを1年ほど続けていると、大体の人が「あれがダメ」とダメ出しを食らっています。もちろんいいところがある人はそのことも言うのですが、大部分はダメ出し。しかも、何かが起きると前にも聞いたことを延々と聞く羽目になります。 それを聞いていてあまりいい気持ちはしないのですが、(オンラインで表情出さなくてもいいので)適切にあいずちを打ちながら聞き流しています。で、なんでこれが嫌なのか考えてみたら、やっぱりこうやっていろいろ言っているという事は、自分の事もどこかでダメ出しされているんだろうな、と思うわけです。たぶん、だからソワソワなんとなく落ち着かない。そりゃダメなところはあるから仕方ないんですけど、だから、どうした?とも思います。 ということをふと思ったのでメモとして残しておきました。

人を育てる2

 続編的に書きたいことが出てきました。 職場の組織改編がありました。今まで営業ではなくて技術部門(本社)だったのが、営業+技術を両方担当する部署(かわらず本社)に移りました。なので、営業的な能力も求められることになります。ちなみに上司は変わってません。上司はもともと技術屋さんで、でも過去には営業も数年単位でやっていた人なので、経験はあるのです。その前提です。 技術の方はともかく、営業は初めてなのでうまくできるのか正直良くわかりません。まあ、いきなり「できます」とは言い切れないわけです。上司との会話でそういう話になって、率直にそう思っていることを伝えました。すると、「多分大丈夫じゃないかな」と。で、その理由が妙に引っかかります。「これまで約10か月の間いろいろ営業的な視点も含めて君には特に丁寧に教えてきたから、できるはずだと思うよ」。 うーん、まあ、部下を勇気づけるためにそういう気持ちはわかります。私の言い方もそう聞こえたのかもしれません。ただ、どうも「自分が丁寧に教えたから」という部分がすごく気になるのです。えーっと、決して上司の仕事能力(営業的な)に疑問があるわけではないです。でも、なんだかこの言い方はないんじゃないかな?と思いました。もしかしたら、自分自身的にはある程度できる自信がどこかにあるのかもしれません。でも、そうだとしても、この言い方はやっぱり変な気がする。 えーっと、あくまでも自分がこういう言い方をしないように気を付けましょう、という事です。自分が人に教えてすごくできるようになるとは全く思っていないので大丈夫だとおもいますが、どこで気が変わるかわからないので、一種の戒めとして文字にすることにしました。

人を育てる

  いまの会社は製造業なのですが、その本社に勤務しています。で、実際の製造は100%子会社でやっています。よくあるように、その子会社は親会社からの出向者が多く、要職についてたりします。で、歴代の社長は出向者。まあ、よくある事です。 で、こないだついに初めて出張して見学とかできました。初めていまの社長にあったのですが、いろんな意味で強烈な人でした。赴任されてからのこの3年で売り上げ二倍、利益も二倍で結果がすごく出ています。原因はいろいろだし、直近2年の仕事がそのまま出るわけでもないし、時の運とかもある。とはいっても、みたところ仕事を人に任せたりすることも上手だったり、まあ、いい感じであったりはします。ちょっと変というか変わっているのは相当自信があるような趣旨の発言をされること。それがわざとなのか、もともとの性格なのかわかりませんが、ハッキリものおっしゃいます。ただ、総じて良くできる方なんだなあとは思いました。まあ、これは今回の趣旨とは関係ありません。 ここから本題です。その人があるとき、人材育成についてもしゃべってました。曰く「上司が部下を育てたなんて言うのはおこがましい。そんなことは教えた側からいう事ではない」。たしかに、そうだなあ、と思います。ただ、いまの自分の上司は「人を育てる」「XXさんはこの数年でだいぶ良くなってきた」という発言をしばしばされるのです。なんか変だなーとうすうす感じてましたが、この話をきいて、そうか、だからなんか変な感じがしてたのね、と気づきました。自分も人を育てる努力はするけど、その結果を自分で評価するものではないと思ったわけです。 教育論って仕事やってると常に付きまとう事で、絶対解はありません。実験で確認された「ああすべき」「こうすべき」ですら、ヒトや状況が違えばおそらく結果は変わってしまうので、さらに複雑です。そうなるとどうしても自分の経験に基づいた教育とかになっちゃうんですよね。 ちなみに自分が成長したときはもしかしたら誰かがそういう環境を整えてくれたのかもしれない、とは思います。例えば留学とか、そういうのは機会をもらえないと、それをやること自体に大きな意味があることになかなか気づかない人はいるものです(昔の自分の事です)。なので、自分としてはそれをほかの人にやってあげる事を心がけてます。あとはその人の興味があることをやることが...

「そんなことわかってるよ!」

  なんかいまの職場でこういうことを言われることが多い気がしてます。議論している中で自分が大事な前提で、相手がそれを理解しているのか?と思ったときに念のために何かを言ったときによく食らいます。まあ、仕事中なのでそれを言われて表面上怒ったりはしませんが、まあ、気分は悪いです。こっちの言い分としては「あなたがわかっていなさそうなことを言っているから(つまり説明が下手だから)あれ?と思って言ってやったんだけど何か?」というのが正直なところ。 ちなみに自分はそういうことを言われても、ひとまず一息ついて、「そうだね、そうだよね」というようにしてます。 まあ、これもだからどうした?的な内容なのですが、思ったこと、考えたことの記録なので。。。 いずれにしても強い言葉を使う事はぜひ避けたいものです。

役職定年

  いまの会社のいわゆる「役職定年」は60歳なのだそうです。定年はどうやら60歳みたいで、その後希望してマッチングするポジションがあればエルダー社員として再雇用されることは可能で、そういう人もいます。役職が何を意味するのかとか詳細分かってませんが、各部の課長さん、部長さんあたりは役職者にあたるみたいです。 前職は業界が違うから当然かもしれませんが、役職定年はもっと早くて53歳、55歳でした。現職の会社の方が「昭和」の会社なので、まあ、こんなもんなんかな、とも思います。 そういえば、ある程度の年齢になってグループ会社に出向、ということもありそうです。子会社もたくさんある会社なので、たぶん行き先には困らないんでしょうね。

言葉遣い

 この数年とても気になっている話題です。仕事をするうえでとても大事ですが、場所によっては全く顧みられてないように思います。 職場にとても言葉遣いが悪い人がいて、本人も自覚しています。でも、職位的に下の人には「おまえ」とか言っちゃうんです。で、いったとたんに「あ、いけね。おまえとかいっちゃった」とフォローが入るのが定番。でも、これ、わざとなんですよ。というのは、この人も上司に向かっては絶対「おまえ」なんて言わないです。だから、コントロールできるんです。ということは、「おまえ」というのは半ば意図的に言っているという事になります。 今の会社、古い会社で、年齢がほぼ絶対的な基準で言葉遣いが変わります。60歳を過ぎた再雇用の嘱託社員の方は、50歳の上司を「君」づけで呼んでます。さすがに年下の女性を「ちゃん」づけはないですが、呼び捨てって結構います。ある程度のインテリがそろっている職場なのでかなり新鮮。ちなみに私は男性女性年上年下関係なく100%「さん」です。前職でとても近しい後輩とかはたまに「くん」づけで呼んだりしてましたが、それでも気を付けてできるだけ「さん」と呼ぶようにしてました。人を差別しない事への第一歩だと思っているからです。転職して古い知り合いとか全くいないので、これはやりやすくなりました。悩まなくていいですし、簡単。本当に便利です。新しい環境で悪い文化に染まらないように、こういうことは日々気を付けていきたいと思うのです。